PoEAA の中で, Martin Fowler は 分散オブジェクト設計の第一法則 を次のように定義している: 分散させるな. 分散プロジェクトについても同じことがいえる. 世間では共同開発やグローバル化を進める流れがあり, 一部にはそれを好む向きさえある. そうした分散プロジェクトを支援, 効率化するためのツールや方法論も盛んに宣伝されている. しかし, それらは分散の困難をいくらか緩和するだけだ. 本質的な難しさは変わらない. CORBA を EJB や WSDL に置き換えたり, HTTP を deflate してみたり, load balancer を置いてみたり. これらがどれも同一アドレス空間の関数呼び出しには遠く及ばないように, 最新の電子会議システムも Enterprise Wiki も隣の同僚に話しかける相談やホワイトボードの代替にはならない. (地理を隔てたコミュニケーションの問題は, その一部が分散コミュニケーションの誤謬そのものに縛られている点は興味深い.)
steps to phantasien t
Nakashimatumblr
Tokyo, Japan
Engineer
彼らは株主資本主義を認めた上で、物的資本でコントロールできないイノベーションを何によってコントロールするかを論じているのであり、諸々のステークホルダーの「経営参加」を求めているわけではない。
株主を重視しない経営 - 池田信夫 blog
参照透過性の有無は、計算理論上は言語の記述能力を左右しない。代入はプログラム、またその要素である関数内での変数の変更を許す、つまり内部状態を作るため数学的にはチューリングマシンのような状態機械でモデル化できる一方、純粋関数型言語はラムダ計算でモデル化できるが、両者で記述できるプログラムの集合は同一であることが証明されているからである。とはいえ、人間にとっての記述しやすさ、可読性、現時点の技術で実現した場合の実行効率などは両者で当然異なる。
参照透過性 - Wikipedia
企業の目標はただ1つしかなく、その目標を達成するためには個別最適化を「してはいけない」ときが多い
sam-karoのビジネスイノベーション探求 Revolutions
マイクロソフトのプロダクツにはソウル(魂)が無い
Life is beautiful: ソウル(魂)のあるもの作り
周りに“日本”という国のレベルに収まらない、十分に大きな“ピラミッド”の見える人たちがある程度の数だけいないことは、日本の中で「世界標準」と「国内標準」にあらゆるものが二極化していくこれからの時代、大きなハンディになる可能性がある。
[R30]: 書評『グラミンフォンという奇跡』
もちろん、地中の構造物が見えたからといってそれを誰でも掘り起こせるわけではない。掘り起こすためには見えないピラミッドに対する信用を作り上げ、莫大な投資資金を集めてくる才覚と、そのスキーム組み立てのあらゆる段階で直面する「鶏か卵か」の議論をねじ伏せ、物事を前に進める力量が求められる。
[R30]: 書評『グラミンフォンという奇跡』
見えない人があまりにも多く、見える人が1人しかいないところでは、その1人がどんなに巨大なピラミッドの存在に気づいていたとしてもそれは現実化しない。
[R30]: 書評『グラミンフォンという奇跡』
司馬遼太郎氏が「人間の集団について」でいっていた「日本は昭和三十年代になってようやく食える時代になった。そうなると若者の目から力が消えるのは当然で、これこそが人類が崇高な目的としている泰平というものである」という議論を思い出す。
批評の精神分析 東浩紀コレクションD その1 ポストモダン以後の知・権力・文化 稲葉振一郎+東浩紀 - 日々平安録
朝の布団の中は気持ちが良い。けれど、それよりも、「そうだ、今日はあれをやる日だな」とぱっと布団から飛び出せる毎日だと、幸せだ。毎日楽しく目覚めたいものである。
MORI LOG ACADEMY: 身の毛もよだつ思考経験